世界進出する内科医

公私ともに世界に出ていきたい内科医のブログ。飛行機のレポートから渡航医学まで海外進出に関連のある話題をつづります。

渡航医学まとめ A型肝炎

このブログは出来立てですので、おそらくほとんど読者はいないのですが、今後世界進出を目論む紳士淑女が集まりだせば、海外での感染症だって気にせねばなりません。というわけで、私の興味のある渡航医学のまとめも時々やっていきたいと思います。


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まずは渡航者の中で最もポピュラーなA型肝炎のまとめです。このまとめのネタはアメリカの疾病対策センターCDCですので、ある程度の信頼性はある内容です。
 
【疾患のイメージ】
まず食べ物で体内にA型肝炎ウイルスが侵入します。そして14-42日の潜伏期間を経て発病します。40度近い高熱と、身の置きどころのない倦怠感、そして全身の黄疸が特徴です。とても観光どころではありません。ウンウン言いながら耐えるしかありません。ひと月もすればほとんどは回復しますが、旅行になりませんし、帰国してからも長期に戦線離脱を余儀なくされます。会社員なら周囲の非難は不可避です。でも実はワクチン一本で防げます。
打っておけばよかったと後悔しても後の祭りです。幸い死亡率は非常に低いのが救いです。
 
【感染経路】
直接人から人への接触を介して、汚染された水、氷、または下水汚染水の混じった食べ物から感染します。通常は生の果物、野菜などが危ないということになります。開発途上国ではレストランの表は綺麗でも、キッチンが無く、裏口で川の水や浅い井戸水で食器を洗っている店は多いです。
川の水が汚染される理由は、感染者の便に大量のウイルスが含まれていることによります。特に小児は症状もなく、便中に半年もウイルスを排出し続けます。下水道が不備な途上国では防ぎきれません。
 
【流行地域】
ズバリ、開発途上国です。日本は世界的に見て先進国で衛生過剰な国ですから、それと同等レベルの衛生観念のある国以外はどこでも危ないと思ったほうが良いです。今や開発途上国扱いされない台湾や韓国でも、接種が推奨されます。
 
【予防手段】
A型肝炎を予防するのは簡単で、ワクチンを打つことです。海外渡航においては最も一般的なワクチンです。日本には日本独自のA型肝炎ワクチンがありますが、6ヶ月に渡り3回接種しないと効果が十分に得られません。普通は渡航に間に合いません。海外のワクチンは一回打てば3週間で効いてきて2-3年持ちます。国内でも海外のワクチンを個人輸入して接種している病院がたくさんあります。よほど出発までに余裕がある方以外は輸入ワクチンという手段があります。打ってくれる病院のリストはここの、トラベルクリニック一覧を参照ください。
ちなみにA型肝炎ワクチンは不活化ワクチンなので、ステロイド免疫抑制剤を飲んでいても打てます。
 
また、12ヶ月未満の子供やワクチンが打てない患者の場合、A型肝炎免疫グロブリン(ワクチンにあらず)を、打つとされていますが、日本にはありません。
 
【治療】
99%までが安静で治ります。ただ、治るまでひと月近く掛かりますし、その間の怠さや発熱はとても辛いそうです。ごくまれに肝炎が重篤になり劇症肝炎になることもありますが、本当にまれです。なってしまったら大きな病院の集中治療室に入るほどになりかねません。
 
専門家から行くと情報不足ですが、ザックリまとめるとこんな感じです。ちなみに、日本人の海外旅行前ワクチンの関心の低さは、欧米人から見ると命知らずレベルだそうです。世界進出には渡航前ワクチンは必須アイテムですね。
 
【やや難しい話】(2015/05/04加筆)
実は2003年に感染症研究所が行った試験では、60歳以上の成人は60%以上の交代保有率ですが、40歳代までに急激に下がり、40歳以下ではほぼ0%です。この試験から12年立っているので、皆一年に一歳歳をとったとすれば、72歳以上の人は60%の確率で抗体があると読み替えられことになります。
 
というわけで、この世代の方は抗体検査をして陽性ならワクチンを打たないという選択肢もあります。ただ、抗体検査をして。陰性だから接種という流れになると時間も費用も一番かかります。抗体があるからワクチンの副反応が強くなるわけではありません。あっさり打ったほうが良いような気もします。
 
それから、日本はA型肝炎が少ない国ですが、2010年には比較的多数の国内感染例が報告されました。
普通に考えると輸入例から二次感染した症例が多いのでしょうが、輸入例が特に多くないのに国内感染が増えるからには毎年と違うことが起きたかもしれません。ヒントとしては、肛門性行をする同性愛者の間でアウトブレイクするという報告もスペインから出されています。http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19175
 
また症状の出ない幼児が保育所などで他の子供に感染させ、そこから成人に二次感染するというリスクも指摘されています。http://archinte.jamanetwork.com/Mobile/article.aspx?articleid=226193
 
国内にいてもA型肝炎の感染が無いわけではありません。海外進出を期に、いや、日本国内から出る気がなくてもA型肝炎ワクチンはやはり打っておくべきと言えそうです。
 
輸入A型肝炎ワクチンの特徴ですが、初回接種後3週間経てば感染防御できるレベルの抗体価が着くというのは本当に素晴らしい効果です。渡航前に慌ててワクチンを打つ来る旅行者(もちろん打って差し上げる我々医者としても)には天の助けです。その効果ですが、簡単に図ろうと思えば血液中の抗体価を測ります。輸入A型肝炎ワクチンの接種後15日に行うと80-90%台後半の抗体陽転率が得られ、ひと月後には96%になります。不活化ワクチンとしては効果の高いワクチンといえます。輸入A型肝炎ワクチンは半年から一年後に再接種することが推奨されており、2回目を初回の6ヶ月後に打つと、その後抗体は100%陽性になります。2回目をうっておくと、合計20年位抗体は残るので、余裕を持って10年後位に再接種するのが良さそうです。一回打って放置すると2-3年で抗体価が下がってくるので、2回目を打たないと損ということになります。なお、輸入ワクチンはHAVRIXやVaqtaといった銘柄がありますが、interchangableです。
 
国内のワクチンは半年かけて3回打つという悠長なスケジュールですが、効果は良く、2回目接種を済ませばその後は100%抗体が陽転します。2回接種して放置しても5年後に95%で抗体が残っています。なお、3回目をきちんと打てば5年経っても100%抗体が残ってます。なかなか素晴らしい効果ですが品薄で打てないことも多いですので、製薬会社には頑張ってほしいものです。
 
ワクチンには有効性という概念があります。抗体はあくまで血液中のタンパク質を見ているだけで、抗体が高いから病気にならないと言うことは、実は厳密には言えません。有効性は実際に病気を阻止した割合を調べた数値です。まず輸入A型肝炎ワクチンについて述べると2つの報告があります。タイで行われた小児を含むスタディでは94%と報告されており、
別の小児を対象としたスタディでは100%と報告されています。
いい値です。なお、ワクチンを打っても発症する人がいるのは仕方ないことです。ワクチンに反応しにくい体質の人もいますし、抗体で中和しきれないほどウイルスに暴露されたかもしれません。
日本のA型肝炎ワクチンの有効性は、残念ながらあまりデータが無いですが、抗体価が上で述べたように素晴らしい成績ですので、同じくらいの効果が出るのではないかと思われますが、あくまでも想像の域を出ません。