世界進出する内科医

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渡航医学まとめ 肺炎球菌ワクチンについて

肺炎球菌ワクチンが渡航医学かといわれると、そうではないという人も多いですが、日本人が好き好んでいく欧米の国が相手ともなると、立派な渡航医学です。

日本には昔からニューモバックスというワクチンがありまして、昨年10月からは年齢が65歳以上の5の倍数に達すると市町村から安く接種してもらえるはがきが届きます。いわゆる定期接種です。

定期接種できる大人のワクチンには、ニューモバックス以外にインフルエンザワクチンもあります。これは年齢が5の倍数でなくても65歳以上なら全員安く打ってもらえます。

 

ここで、肺炎球菌の説明を簡単にすると以下のようになります。

・肺炎球菌は子供と65歳以上の人がよくかかる病原菌で、多くは肺炎を起こし、場合によっては敗血症(血液中に菌が回って全身が炎症を起こして最悪死亡する)状態になります。

・65歳以上の肺炎のうち、この菌が関与するのはおよそ3割であり、ほかの原因菌よりダントツに多いとされています。

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・一方で、肺炎による死亡者数は現在日本の死亡原因の3位に上昇しており、これは癌につづくものです。しかも最近は急上昇中です。

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・肺炎球菌は細かく分けると100種類ぐらいの種類(血清型)があ、一つの菌にかかったとしても、ほかの血清型の菌に対する抵抗力は体の中にはできません。

 

これぐらいの基礎知識を頭に入れておいていただいたうえで、ニューモバックスとプレベナーの違いを説明します。

 

ニューモバックスは100種類ぐらいある肺炎球菌のなかの23種類をカバーしており、およそ肺炎球菌全体の80%近くをカバーしています。カバー範囲は広いワクチンです。ワクチンが広く使用されるようになると、ワクチンに含まれていない血清型の菌が増えてきますので、そのカバー率は少しずつ下がってきていますが、(serotype replacement)ですが、まだまだ高いです。

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しかし、ニューモバックスは比較的抗体を獲得させる力が弱いワクチンです。また、23種類の血清型の重症感染症は減らしますが、ワクチンに含まれる血清型の菌による肺炎そのものを減らす効果は認められていません(肺気腫や老人ホーム入所者、75歳以上の特に年齢の高い人たちの間では肺炎減少効果もあります。)。

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ちなみに、日本で上で述べたような定期接種に指定されているのはこのニューモバックスだけです。

ニューモバックスは1回接種すると次の接種までの間5年間は開けなければなりません。また、2回目は1回目よりも、効果が劣るという報告があったり、2回目は接種部位の発赤や痛み、発熱や全身のだるさなどの頻度が高いという報告もあります。

去年日本初の論文で「2回目の接種は1回目と同じくらいの効果があり、2回目接種に伴う副反応は許容範囲だ」そいう論文が出ましたが、まだまだこれまでの考え方を打ち破るインパクトのある論文とは言えません。

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興味のある方は次のエントリーをご覧ください。

 

一方で、プレベナーは100種類ある血清型のうち13種類しかカバーしていないので、肺炎球菌全体におけるカバー率は60%台半ばです。しかしプレベナーは2系統ある人間の免疫機構のうち、両方の系統を活性化することができるため、抗体のつきが良いという特徴があります。また、1回接種したあと、2回目接種すると初回接種よりも抗体がジャンプアップする(ブースター効果)があります。これは1回目プレベナーで、2回目ニューモバックスの順番であっても同じです。さらに、プレベナーについてはオランダで6万人規模の臨床研究が行われ、ワクチンに含まれる血清型であれば、肺炎も含めた全肺炎球菌感染症を65歳以上の人たちの中で防ぐことができたと結論付けられる論文が今年出ています。

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この結果をうけてアメリカの予防接種諮問委員会(ACIP)はニューモバックスとプレベナーの良いところを取り入れるべく、両方のワクチンを1回ずつ接種することを推奨すると発表しました。これが昨年9月のことでした。

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しかし、日本初の研究が出たことで、日本の呼吸器学会と感染症学会は、「ニューモバックスを5年以上開けて2回打つ」という方法を、同列に推奨すると発表しました。また、オランダで6万人規模の臨床研究を行った点についても、「日本人じゃないから」という理由で日本にはそのままあてはめられないと言い切っております。

 

というわけで、日本においてはまだまだニューモバックスを2回打つというprocedureがバンバン行われるようです。実際のところ、プレベナーとニューモバックスを組み合わせるのが正しいというデータはありませんし、ニューモバックス2回がプレベナーを入れた接種方法より劣っているという証拠もありません。

 

ただし、現在日本においては定期接種として安く接種できるのはニューモバックスのみであり、国際的に価値のみとめられたプレベナーが選択できません。せめて「欧米流」と「日本流」を選択できるような制度になるよう厚労省や出入りする専門家の先生方には検討していただきたいものです。