世界進出する内科医

公私ともに世界に出ていきたい内科医のブログ。飛行機のレポートから渡航医学まで海外進出に関連のある話題をつづります。

渡航医学 活動性結核患者の飛行機搭乗

最近活動性結核症例の国際線搭乗について保健所の保健師さんとお話する機会がありました。しかし残念なことに機内における結核の伝播リスク、また保健担当の行政機関としてあまり正確な認識をお持ちでないようで驚きました。

 
機内での結核の伝播リスクは8時間以上のフライトで増加するとWHOのガイドラインには書いてあります。しかしこれにはあまり学術的な根拠はありません。
 

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実はこの8時間というカットオフは8時間45分のフライトで機内での結核伝播がたくさん見られたというNew England Journal of Medicineに載った疫学研究の結果から引っ張ってこられたものなのです。
 
 
この論文の解説を簡単にしましょう。ことの始まりは、活動性の多剤耐性結核患者である女性が長短合わせて4回飛行機に搭乗しました。その結果、2時間程度のフライトでは同乗した乗客に結核の伝播が見られなかったが、8時間45分を要したシカゴ→ホノルルのフライトでは同乗者に結核の伝播が起きていたのです。そのため、8時間というカットオフが出来たわけです。

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つまり6時間のフライトや4時間の場合は、検討されていないのです。個人的にはむしろ、2時間を超えると危険であると認識すべきだろうと思います。
 
飛行機の中の空気は常に循環しております、ものの一分で機内の空気は入れ替わりますから、密室で活動性結核症例とマスク無しで閉じ込められることを思えばリスクは低いでしょう。というわけで、保健師さんとお話した件については2時間強のフライトでしたから、理屈の上からは許容されるわけです。
 
ただし、ここで忘れては行けないのが、地上でエンジンを止められると機内の空気の流れは止まるということです。
私も機内でエンジンを止めるとどうなるか経験したことがあります。忘れもしない2011年6月8日、新千歳から関西空港に向かうANA1720便は、与圧装置の不具合で空調が止まり一時間近く地上で修理を受けていました。その後、与圧装置が一系統しか使えない状態で高度25000フィートを維持して大阪までフライトしました。燃費の悪い高度なので燃料を追加したりてんやわんやでしたが、もしあの機内に活動性結核症例がいたら、例えフライトが2時間でも、地上にいる間にたくさん伝播したでしょう。そういう状況も想定して、保健担当当局は、活動性結核症例の飛行機搭乗を阻止しなければならないと思います。
 
では一体誰が止めるのでしょうか?
うえでリンクを貼ったWHOのガイドラインに戻りましょう。
まず結核患者を3つの群にわけます。
 
感染性結核は喀痰検査で塗抹陽性の者。つまりは菌を撒き散らしている人です。
潜伏感染性結核は塗抹は陰性だが培養すると陽性になるもの。
非感染性結核患者は塗抹でも培養でも陰性の結核患者です。一般的には感染性結核患者は強制的に入院になりますが、他の2群は外来で治療されていることが多いです。
 
とりあえず話がややこしいので感染性結核患者の話に絞ります。
ガイドラインではこの群の患者には以下の事柄を行うべきとされています。
 
①旅行者は旅行をやめることが推奨されています。当たり前です。しかしうまくすり抜けてでも飛行機に乗ろうとするかも知れません。事情があるのでしょう。
 
②医師は旅行をやめるよう説得することが求められます。普通は説得するでしょう。私もします。でもあまり強く言い過ぎると医師患者関係に傷がつきます。そこまで行くのは問題なので、医師は公衆衛生当局に情報提供をすることも推奨されています。
 
③公衆衛生当局、つまりは保健所です。保健所も本人に飛行機旅行をやめてくれと頼むことは可能です。しかし、冒頭の保健師さんも行っていましたが、出国を拒否することはできません。患者が従わない場合どうするのでしょうか?
実は公衆衛生当局は航空会社に情報提供することが推奨されています。
検疫所や出入国審査部門は入ってくるものを制限しますが、出ていくものを拒む権限がありません。したがって検疫所も出国審査官も出番なしです。
 
④実は最強にして最後の砦はエアラインです。活動性結核症例が搭乗しようとしているという情報がもたらされると航空会社はterms and conditionによって搭乗拒否が出来ます。ちなみに、日本航空の規約を見てみましたが、活動性結核は重傷病者ですから搭乗拒否できそうです。
 
第16条

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というわけで、活動性結核症例の飛行機搭乗を止めるのは航空会社ということになります。そして、保健所は航空会社に情報提供することが推奨されています。
 
しかし、プライバシーの問題はない良いのでしょうか?少なくても、航空会社への通報は日本の国内法や政令、通知などでは取り扱われていませんから、保健所の独断でやりにくいのは確かでしょう。これからインバウンドが増えていきますから、厚労省には早めに考えていただきたいものです。