世界進出する内科医

公私ともに世界に出ていきたい内科医のブログ。飛行機のレポートから渡航医学まで海外進出に関連のある話題をつづります。

渡航医学まとめ ポリオ

ポリオと聞いてもどんな病気かぴんと来ない方も多数おられると思います。それもそのはずで、1980年を最後に日本では一例も発生していないのです。それ以前も症例自体は非常に少なかったので、よほど年配の医師でないと診たことがありません。しかし渡航に関連するワクチンとしては結構重要です。

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(病気の概要)

 ポリオは手足口病の原因ウイルスとしておなじみの、エコーウイルス、コクサッキーウイルスと同じくエンテロウイルス属で、1型、2型、3型の3種類に分かれており、消毒方法としてアルコールは無効、熱・塩素・紫外線が有効とされます。ポリオは経口で体内に侵入し、小腸のリンパ節で増殖して血液中に入ります。そのあと、脊髄の運動を司る前角細胞に取り付いて、運動麻痺を起します。便中には数週間の間ウイルスが排出されるため、それが他者に感染を引き起こします。

 感染者の90~95%は症状がでないままで終わります(不顕性感染です)。約5%で症状が出現し、頭痛、悪心嘔吐、咽疼痛、発熱などの風邪症状が起こり、そのまま治ります(不全型)。1~2%では上記の症状に引き続き髄膜炎を起こします(非麻痺型)。

典型的なポリオの麻痺症状を呈するのは感染者のわずか0.1-2%程度とされています。この場合、6-20日間の潜伏期をおいて、上述の前駆症状が1-10日間継続した後、手足のランダムな麻痺が生じ、しかもその麻痺はだらりと力が抜けるタイプの麻痺です。時には前駆症状なく麻痺が出現することがあり、延髄からでる脳神経の麻痺が起きると飲み込みができなかったり、呼吸ができなくなることもあります。発症後12か月麻痺が残る場合は回復は難しく、小児で2-5%・成人で15-30%の麻痺の後遺症が残ります。

(ポリオワクチンの歴史)

1950年代後半には年間2000人以上のポリオの国内発生があり、1960年には北海道を中心に流行し、年間発生数は5600人を超えました。当時の母親たちの不安は頂点に達しており、日本全国でのポリオワクチンを要求する運動が起きました。

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1953年から不活化ポリオワクチン(Inactivated polio vaccine: IPV)の開発が行われていましたが、国内で必要なワクチンをまかないきれず、米国からの輸入品と国産を混ぜて使う体制になっていました。これはいわゆる ソークワクチン と言われるものでした。しかし接種希望者がワクチンに比して圧倒的に多く、とても全員に接種はできませんでした。

1962年にもやはり春先から流行が始まりました。NHKや厚生省の協力で、日々の患者発生数が逐一報道されると社会の関心は高まり、かねてから厚生省内で期待されていた生ポリオワクチン(Oral polio vaccine: OPV)の輸入の計画が実施されることとなった。もちろん日本未承認ワクチンであるので、当時の厚生大臣である古井喜実大臣の政治的判断として最終的に輸入され、流行が激しかった九州の小児に接種されていった。

その結果数年で劇的な効果を表し、年間のポリオ発生数は100以下まで減ったわけです。ここで、日本はOPVに対する信仰に近い扱いを始めるようになったわけです。国産IPVについてもほぼ無かったことになりました。

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1980年から患者は発生していませんが、ワクチンに含まれるウイルスに由来するポリオ麻痺(Vaccine associated paralytic poliomyelitis: VAPP)の患者は発生し続けました。発生頻度は440万人に一人程度とされています。年間5000人も発生している間は、440万分の1のVAPPは埋もれていましたが、患者が0になるとVAPPはものすごく目立つわけです。

そこで、アメリカでは2000年ごろにIPVに移行しました。当然生ワクチンではないのでVAPPは起こりません。下にしますのは米国のデータですが、きれいにVAPP症例は無くなりました。

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日本も遅れること12年、2012年に全面的にOPVはIPVに入れかわりました。これで日本もVAPPとはおさらばできるはずです。

 

(ポリオの流行が認められる地域)

少し古い本やサイトを見るとインドではポリオが流行していることになっていますが、2011年から患者が発生しておらず、もうインドからeradicateされた状態と判断されています。

http://www.polioeradication.org/tabid/488/iid/347/Default.aspx

 

現在ポリオ患者が発生しているのはパキスタンアフガニスタン、ナイジェリアです。黄色の地域はきちんと確認されたポリオ症例ではないが、麻痺症例が出ている地域です。ナイジェリアはアフリカで一番人口が多いので、eradicationは大変でしょう。

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パキスタンは今eradicationに躍起になっており、前年比70%減という喜ばしいニュースも出ています。

www.bbc.com

なお、パキスタンはかなりポリオeradicationに本腰を入れており、ポリオワクチンを接種していないパキスタン滞在者(ただし4週間未満の滞在を除く)を国内に出さないという政策をとっており、これは日本人旅行者やビジネスマンにも適応されます。詳細はリンク先を見ていただくとして、ざっくりまとまると以下の通りです。

  1. パキスタン滞在期間が4週間未満の場合は、ポリオワクチン接種証明書は不要
  2. パキスタン滞在期間が4週間以上なら旅行者を含め、ポリオワクチン接種及び接種証明書の取得が必要。接種証明書は渡航前にトラベルクリニックでとっておきましょう
  3. ワクチンの種類はOPVでもIPVでも適切に接種されていればOKです。
  4. 最終ワクチン接種から1年以上経過すると接種証明書は無効になります。
  5. パキスタン国内で接種することも可能ですが、空港では接種できませんので、出国前にパキスタン国内の病院で接種し、証明書をもらう必要があります。

www2.anzen.mofa.go.jp

 (大人のポリオワクチン接種方法)

ポリオの流行がみられる地域に渡航するならポリオのワクチンを打ってから行くことが推奨されます。が、多くの成人はOPVを2回内服しています。現在はIPVしかありません。組み合わせて使用することになります。

アメリカの予防接種の指針であるPink Bookには以下のように書いてあります。

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日本で長らく行われていたOPV2回接種は不十分な接種歴に該当します(正しくは3回接種です)。したがって、1回IPVを追加すれば良いということになります。通常はこのOPV2回+IPV1回で生涯OKなのですが、パキスタンに行くときは1回追加してから行かないと出国させてもらえないということになりますので注意が必要です。