世界進出する内科医

公私ともに世界に出ていきたい内科医のブログ。飛行機のレポートから渡航医学まで海外進出に関連のある話題をつづります。

渡航医学まとめ 髄膜炎菌ワクチン

(最初に)

侵襲性髄膜炎菌感染症(Invasive meningococcal disease: IMD)といえば、渡航医学の観点からは寄宿舎とイスラム教大巡礼であるHajjを思い浮かべるものです。その理由としては、まず髄膜炎菌の感染症飛沫感染して、狭い場所に大勢の人が押し込められる環境でアウトブレイクするからです

インフルエンザと異なるのは、発症した時の重篤さでしょう。髄膜炎菌感染症は通常、髄膜炎+敗血症+循環不全による手足や耳鼻などの壊死を伴います。そして死亡率は、治療をしなければ100%です。ただし日本では抗菌薬や集中治療室での治療を徹底的に行いますので、死亡率はうんと低いはずです。

IDWR: 感染症の話 髄膜炎菌性髄膜炎

 

日本での発生例は散発的におきますが、そのほとんどが高校や大学の寮で起きています。最近では2011年に宮崎県の高校の野球部寮で5人がIMDを発症し、1名が亡くなる事例が起きています。

IASR 32-10 髄膜炎菌感染症, 集団発生, 髄膜炎, 敗血症, B群髄膜炎菌, Neisseria meningitis, PFGE解析, MLST法, ST-687株

 

私自身も2例経験がありますが、キャンプに行ったあとだったり、仲良し〇人組だったり、濃厚接触の後だった記憶があります。

 

さらに、今年に入って、ボーイスカウトの世界大会が山口県で行われ、Scotlandからの参加者が帰国後IMDを発症したという事例が新聞で報道されました。もともとUKでは髄膜炎菌ワクチンを定期接種していますが、原因菌の血清型(serotype)が接種していたものと違ったため感染してしまったようです。その後Swedenからの参加者についても感染が確認されました。

スコットランド人ら髄膜炎菌感染症に 山口から帰国後:朝日新聞デジタル

日本のボーイスカウト大会で感染か、欧州参加者4人に髄膜炎菌 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

このように、一定の割合で髄膜炎菌感染症は起きるので、欧米の高校や大学は学生寮を使用させるにあたって、髄膜炎菌ワクチンの接種を要求してくることが多いです。下はHarvard summer schoolに参加する際のワクチン接種履歴のformですが、下の赤枠でかこった部分で要求されています。(waiverを書けば免除みたいですが・・)

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 (疫学)

世界中どこにでもIMDは存在しますが、特にIMDの多発する地域はサハラ砂漠の南側にあり帯状の地域で、一般的に髄膜炎菌ベルトと呼ばれています。

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この領域はマラリアもあれば腸チフスもあればデング熱もあるという、渡航医学関係者泣かせの地域です。西の端には昨年からEbora virus disease(EVD)がアウトブレイクしたGuineaの含まれています。そしてこの地域には多数のイスラム教徒が住んでいます。かれれは一生に一度はメッカに巡礼することを考えていますので、大巡礼であるHajjの時期になると、大勢がSaudi arabiaのMeccaにやってきます。その中の一部の人の鼻腔には髄膜炎菌が定着していることでしょう…。

一方、これらの国々の上、西アフリカは比較的フランと経済的なつながりが強く(旧宗主国ですので)、東側の国々はイギリスと結びつきが強いと考えられます。髄膜炎菌ベルトの国々のエリートたちはヨーロッパに留学することが多いわけです。その結果、ヨーロッパの高校や大学の学生寮に髄膜炎菌が持ち込まれ、アウトブレイクすることも十分あり得るわけです。

 

Serotypeも地域によって多少異なっています。欧米ではBとCが多いとされており、アフリカ大陸ではA,C,W-135,Yの4種類が多いとされます。またアメリカ大陸ではB,C,Yが多いとされています。

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(血清型とワクチン)

そのため、欧州ではCだけをカバーする髄膜炎菌ワクチン(MenC)がひろく接種されてきました。イギリスではMenCが定期接種になっていました。しかし最近はCが減り、YやW-135なども増えてきているため、近々A,C,W-135,Yの4種類をカバーできるワクチンに切り替わる予定です。なお、上述の山口県で起きたBoy Scoutのアウトブレイク事例ではW-135が検出されていますので、イギリスの判断は正しい(けれどちょっと遅きに失した)ということになります。

 

Bが多くなってきている米国ではB型に対するワクチンが使用され始めました。Bに対するワクチンは開発が難しかったため、最近やっと米国でも承認されたばかりという状況です。

 

そして、ワクチン後進国日本においては、今年5月まで髄膜炎菌ワクチンはありませんでしたので、輸入ワクチンを必要な人に接種していました。しかし5月に国産ワクチンが発売され、イギリスが定期接種にしようとしているワクチン(MCV4)を使用できるようになりました。しかし価格が1接種2万5千円程度とバカ高いため、普及には時間がかかりそうです。

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ちなみに、「MCV」というワクチンは免疫の付きが非常に良いですが、その1世代前のワクチンである「MPSV」というワクチンもあります。日本では承認されていないので、今更わざわざ輸入してまで「MPSV」を接種する人もいないでしょうが、気を付けてください。留学の時、MPSVお断りの学校もすでに存在します。

 

(HajjやUmrahと髄膜炎菌ワクチン)

Hajjは大巡礼で、日程が決まっています。2015年は9月21日から26日の間です。Umrahは基本的に自分の都合のいい時にMeccaに巡礼することを指します。当然日本の神社が正月に混雑するのと同じでHajjの時期はKaaba神殿もぎゅうぎゅうになるわけです。そのため、サウジアラビア政府はHajjやUmrahに参加するために入国する際は入国する10日前、かつ、3年以内に4価(ACYW135)の髄膜炎菌性髄膜炎のワクチン接種を受けたことを証明する証明書を求めるようです。証明書が無ければ入国拒否になると思われます。

とはいえ、通常の日本人が観光でサウジアラビアに入国することは不可能ですし、Muslimの方はこれぐらいは知っていると思いますので、構わないんですけれど・・。