世界進出する内科医

公私ともに世界に出ていきたい内科医のブログ。飛行機のレポートから渡航医学まで海外進出に関連のある話題をつづります。

渡航医学 全海外旅行者に麻疹ワクチン推奨開始

麻疹流行の歴史

麻疹は死ぬかもしれない病気である

日本では江戸時代から麻疹は「命定め」といわれており、命にかかわる病気であると認識されていました。大人になってから麻疹になると重症になることは江戸時代から知られており、無事治癒したことを祝って宴会をしている絵さえ残っています。

秋田県小児保健会*最新のお知らせ

 

一般的に成人麻疹の死亡率は0.5%程度と考えられ、妊婦では3%程度です。めちゃくちゃ高い数字です。妊娠中に麻疹にかかると100人中3人死ぬなんて、今の日本では受け入れられません。

 

20世紀の麻疹対策

日本では1978年に麻疹ワクチンが定期接種になりましたが、ずっと1歳時に1回接種するだけであったため、効果が不十分な状態が続いておりました。麻疹ワクチンは2回接種するか、抗体上昇を確認するのが基本なのです。1回接種して打ちっぱなしでは免疫がつかないまま放置されている子供がいっぱい残っていることになります。

 

21世紀になってから

時代は下って21世紀、日本では定期的に麻疹が大流行しており、2001年の流行では全患者数は17万~33万人と推定されるなど大変な状態でした。2007年の関東を中心とした流行は、2001年の流行より規模は小さかったものの、米国から厳しい対応を取られた結果、本格的に麻疹排除に向けた動きが始まりました。具体的に米国から非難された内容は以下の通りです。共同通信の2008年2月22日の記事ですが、リンクが消えてしまっていますので、コピーしておきます。

【ワシントン21日共同】米疾病対策センター(CDC)は21日、昨年夏にスポーツの国際大会で訪米した日本人の少年が感染源となり、米国内で日本人1人を含む計6人がはしかを発症したと週報(電子版)に発表した。

国際大会では感染の危険が高まるとして、主催者が海外参加者に対し、はしかの予防注射の証明書を提示させることを検討すべきだとしている。はしかの予防注射が徹底している米国では、近年ほとんど発生が確認されておらず、米国の保健関係者は「日本ははしかを輸出している」とたびたび非難している

CDCによると、昨年8月に米東部で開かれた大会に、日本から12歳の少年が参加。少年のきょうだいは日本ではしかに似た症状を発症していたが、少年は米国滞在中にはしかを発症し、州政府への通報後、隔離された。

なかなか辛辣ですね。

ただ、行政は全く手をこまねいて見ていた訳ではありません。2006年以降は定期接種に組み込まれていた麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を2回接種にするという対策を行っていました。この接種方法は世界標準の接種方法です。

 

第3期・第4期接種と土着ウイルス排除

以後、文部科学省厚生労働省は、1回しゅか接種機会が無かった若年者に対してMRワクチン接種追加接種を受ける機会を設けるべく思い切った方法に出ました。2008年度~2012年度にかけて5年間だけの時限措置として、中学1年生、高校3年生に相当する年齢層に1回MRワクチンを定期接種扱いで接種可能にしました(それぞれ第3期、第4期)。

厚生労働省:平成20年4月1日から始まる中学校1年生・高校3年生に相当する年齢の方への麻しんの予防接種について

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その結果、麻疹患者は減少し、2015年5月に世界保健機関西太平洋事務局(WPRO)により日本固有の麻疹ウイルス株が排除されたと認定され、日本に古くから土着しているウイルス株による麻疹は国内からいなくなりました。

WPRO | Brunei Darussalam, Cambodia, Japan verified as achieving measles elimination

 

2016年の麻疹流行

2016年には近畿地方と関東地方で大きな流行がほぼ同じ時期に発生しました。関西空港ルートと松戸ルートと便宜的に命名します。実はそれとは遺伝子型が異なる症例も報告されており、本日までの今年の全症例数152例は、この二つのアウトブレイクだけで生じたものではありません。

関西空港ルート

7月31日に関西空港を利用した19歳男性が発端です。その日に関西空港の利用者2名以上に感染させてしまいました。その後空港従業員への感染が確認され、そのルートから空港従業員や航空会社職員に30人以上の感染者を生みました。また、発端の19歳男性は兵庫県内の自宅で家族4名感染させた後、あろうことか発熱しているのに幕張メッセで行われたコンサートに参加し、そこで不特定多数の人に感染させたとみられます。コンサートで感染した患者がさらに立川市のイベントに行き、そこでも多数に感染させた可能性があります。このルートから検出されたウイルスの遺伝子型はH1で、輸入されたウイルス株でした。

松戸ルート

松戸ルートの発端者は海外渡航歴もない患者で、感染ルートは不明です。7月初旬に発症したと考えられています。7月10日以降家庭内、地域のイベント通じて地域に感染が広がり、8月に入ってから医療機関で院内感染が生じた結果、その病院の受診者が次々感染しました。このルートで検出された麻疹の遺伝子型はD8です。

 

実は今年日本で報告された麻疹の中には遺伝子型B型の症例もあり、上記以外にも国外から持ち込まれている麻疹症例が少なからず存在することがうかがわれます。

 

最近の麻疹の特徴

麻疹は本来子供の病気のはず。通常は小児科医なら対応できるはずです。しかし知り合いの小児科の先生に聞いても麻疹を診たことが無い若手小児科医は多いそうです。ではだれが麻疹になっているのかというと、以外にも成人でした。2013年の麻疹患者の年齢分布をグラフにすると次のようになります。2/3は成人でした。

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一方で、上でも述べたように国内土着の麻疹ウイルスは排除されており、日本で発生する麻疹は全て国外の麻疹ウイルス株です。もともと日本に存在した遺伝子型D型は下のグラフではもはや登場しません。今年日本で流行したウイルスも海外から持ち込まれたものです。

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つまり、麻疹は大人が海外旅行した時に国内に持ち込む輸入感染症ということです。

 

ワクチン接種推奨の変化

しかし健康で忙しい世代の大人をワクチン接種に連れて行くのは至難の業です。私は渡航者外来をしている立場ですから必要ならポンポンワクチンを打てますが、通常のサラリーマンは無理でしょう。というわけで、「健康な大人が医療機関に来るタイミング」を狙ってワクチンを接種する作戦を立てる必要があります。

 

健康診断、女性なら妊娠出産のタイミングなどが考えられます。近年徐々に重要性が認識されてきている海外旅行前ワクチン接種に組み込むという方法も有効です。

というわけで、厚生労働省は早速海外旅行に当たり推奨されるワクチンを見直し、「渡航地域や期間の長短を問わず、2回のワクチン接種歴が無い場合は全渡航者が麻疹ワクチンを打つべきである」と推奨を変えました。私自身ここまで急激な変化がお役所の仕事で行われるとは思っていなかったので、驚きました。嘘だと思う方はご確認ください。

www.forth.go.jp

皆さんも麻疹風疹(MR)ワクチンをぜひ接種しましょう。